伊藤 阿二子
植え終わったばかりの稲田に吹き渡り
開け放たれた農家の戸口を風が抜けていく
無人の休日の昼下がり
平穏な明るさが なぜか
呼び覚ます風景がある
明けやらぬ水田の畦道に 老若の女ばかり
身を寄せ合って屈んでいる
綿を詰めて膨らませた 結びひも付きの頭巾を被り 声をひそめて
―泣いては駄目
あまり動かないで
もう少しの我慢だから
―七五三の晴れ着で縫った
私の防空頭巾には
赤い牡丹の花柄がある
お空から敵機に見付からないかしら
―大丈夫 まだ昏いから
静かにね
頭上で
ばちばちばちばち破裂音がして
一瞬辺りが照らし出され
六個の頭巾が震えている
若い稲のそよぐ水田が
焼夷弾の光を映し出す
負ぶわれて
声を忍んで涙を流す
車窓からの
静かな風景に慣れて こうしている今
どこかで声を忍んで泣いている子供たちに
ただ心を寄せるしかない痛みがある